東京五輪

前田穂南の中学高校での成績は?性格がかわいいが彼氏はいるの??

前田穂南選手は、岡山県を中心に展開する百貨店「天満屋」所属の陸上選手です。

天満屋といえば、数々のマラソンランナーを生み出し、たいていの駅伝やマラソンの大会に名前を連ね、優勝はもちろんのこと、上位にランキングするランナーが所属するエリート実業団です。

その中にあって、今、2020年東京五輪の女子マラソン日本代表選手候補として一、二に名前が上がる前田穂南選手について調べてみました。

前田穂南さんの経歴と中学高校の成績

1996(平成8)年7月、兵庫県尼崎市に誕生しました。

小学5年生の時には、ミニバスケットボールを、また、時を同じくして陸上も始めていたので、中学校での部活動をどうするか、どちらも大好きだった少女は、散々迷い、悩み抜いたといいます。そして、陸上部に決めました。ちなみに、マラソンを始めたきっかけは、ある日のテレビ番組で、前田穂南選手のお母様が、「マラソンで1位になったら、筆箱を買ってあげる」だったと答えているそうです。

ミニバスケットボールも走ることが中心のスポーツだったこと、また、もともと、持久走などの長距離を走ることが好きだったことで、中学校ではマラソン選手として尼崎市の大会で2連覇という素晴らしい成績を残すことができましたが、前田穂南選手自身の話によると、中学生時代には近畿大会はおろか、全日本中学生大会にも参加できていなかったそうです。

そこで、自分の才能の開花と夢を実現するために、高校は、駅伝で強豪といわれる大阪薫英女学院高校への進学を決めたということです。

大阪薫英女学院高は大阪府にありましたが、兵庫県の自宅から通っていたそうです。

高校2年生の時に参加した大阪府大会の1500mで2位、3年生で参加した同じ種目では新記録を出し、優勝、そして、高校3年生の時に参加した全国高校駅伝で、初めて優勝したと語っています。

高校の卒業色紙には、「マラソンでオリンピックに出場する」と将来の夢を書いているそうです。

高校を卒業後、大学への進学も一時は考えたそうですが、陸上を続けていきたい気持ちが大きく、幸いにも名門実業団の1つ、天満屋からのスカウトもあり、「就職する」と決めたそうです。

天満屋に就職してからは、「世界で通用する選手になりたい」、「2020年東京五輪に出場したい」という思いが、日々、大きくなってきたそうです。

天満屋では、経理部署に配属され、寮生活を送り、仕事と選手の両立をしながら、2020年東京五輪を目指して厳しい練習を積み重ねているそうです。

前田穂南選手の性格は?

前田穂南選手の性格は、周りが見る印象と自己分析とでは、多少の違いがある様です。周りの人からは、「その見た目の表情から、優しく柔らかく、実際に話してみると、話し方はゆっくりで、見た目通りのほっこりする女性。それに、時々可愛い天然な部分を見せ、人からは好かれるタイプ」と思われている様です。一方、前田穂南選手の自己分析では、見た目とは違い「負けず嫌い」としています。様々な大会では、自己分析の「負けず嫌い」のお陰で、良い記録が出せているともいえそうです。

天満屋陸上部の監督が見た前田穂南選手

ほっそりとスマートで、手足が長く、国内では、この様な体系の陸上選手は数少ないタイプです。

前田穂南選手の走り方は、地面を蹴る時の後ろ足が、地面から離れ過ぎない内に、次の蹴りに移るので、流れる様な足の運びとなり、余計な力が入らず、省エネといえます。

省エネであればあるほど、上半身のブレが少ないので、マラソンなどの長距離になるほど、分(フン)争いになった場合には、有利だといえます。

天満屋での1日

前田穂南選手を含む天満屋所属の陸上選手は、全員が寮生活を送っていて、基本的には、火曜日と日曜日以外の毎日を、次の様なスケジュールで動いているそうです。

・朝は、5時50分から練習が始まり、寮に戻って8時から30分間の朝食
・その後、身支度を整えて出勤、9時30分から2時間の仕事を経て、昼食
・午後の練習は15時からで、寮に戻って18時から30分間の夕食
・就寝時間の22時までは比較的自由(多くの選手は、体力作りに役立つトレーニングを行う選手も多い)

夏は、昼間の練習時間に違いがあるものの、1日のほとんどを「走ること」、または「走ることにつながるトレーニング」に費やします。選手の楽しみの1つである食事は、テーブルを囲んで賑やかに過ぎていくそうですが、前田穂南選手に至っては、同僚と同席しながらも静かに、食事に集中しているそうです。

天満屋でのおもな成績

前田穂南選手は、2016(平成28)年、入社2年目で開花し、長距離選手として徐々に良い成績が出せる様になったそうです。初めてのマラソン出場となった2017(平成29)年1月の大阪国際女子マラソンでは、12位とまずまずの成績でしたが、そのあとの8月には、北海道マラソンで見事 優勝し、2020年五輪出場をかけた「マラソン グランドチャンピオン シップ:MGC」参加の切符を、誰よりも早く手に入れました。また、翌年の2018(平成30)年1月に行われた大阪国際女子マラソンでは、2位という成績を残し、オリンピックへの期待度が高まっています。2018(平成30)年9月には、初めての海外マラソンに出場し、世界という大舞台では、7位だったということです。2019(平成31)年3月には、すでに「MGC」への出場資格がありながら、東京マラソンへも出場も予定しているそうです。

東京マラソンとは

東京マラソンは、毎年行われているMGCシリーズのほか、複数の大会の選考競技会として国内外を問わず、招待選手と自主参加選手など、総勢35,000人以上の国内きっての、ですが、世界的な大会です。そして今年は、東京2020オリンピック日本代表選手選考競技会も兼ねているということです。個々のタイムを公式に残せるとあって、大変人気の高い大会ですが、参加条件も厳しいといわれています。

彼氏はいるのか?

「前田穂南選手」をキーワードに検索をすると、「可愛い」、「スタイルが良い」、「彼氏はいるの?」などの記事をたくさん見付けることができます。

その実は、小学5年生から陸上を始め、好きなスポーツとしてミニバスケットボールを挙げておきながら、今や、長距離ランナーとして、より良いタイムを出すためにつらい練習に耐え、様々な大会に参加し、「2020年東京五輪に出たい、優勝したい」と強く決心している前田穂南選手にとって、まさに、「陸上が彼氏」といえそうです。

前田穂南選手についてのまとめ!

前田穂南選手は、ただ長距離を走るのが好きな女の子でしたが、中学校での部活動を決める時、散々迷って陸上部に決めた甲斐あって、いくつもの大会に出場し、良い記録が出せる様になりました。夢は大きく膨らみ、本格的に長距離ランナーになりたいと、陸上の名門高校に進学すると、さらに躍進を続け、高校生の卒業の色紙には、はっきりと「マラソンでオリンピックに出場する」と自分の目標を掲げる様になります。

そして、その言葉の通り、今や、2020年東京五輪(オリンピック)でメダルを取れる選手の1人として注目を浴び、大変期待される選手へと成長しました。
前田穂南選手を始め、日本のアスリートたちは、私たちと同じ様に仕事をする社会人であることがほとんどだといいます。前田穂南選手の就職先である天満屋では、所属選手は全員が寮生活を送りながら、練習メニューや食事の管理をされて生活している様です。良い記録を出すには、練習だけでは片手落ちだということです。

栄養士が管理したバランスの良い食事をしっかりととること、特に前田穂南選手は、同僚よりもたくさん食べることで、維持していると分かります。

これからどんな選手になりたいかを問われた前田穂南選手は、「みんなから応援される選手になりたい」、「速いペースでも粘り強い走りをしたい」、「速いペースの中、ライバル選手とのせめぎ合いになった時、競り勝ちたい」など、たくさんの思いと決心を口にしています。

今後、まだまだ成長する可能性を秘めた前田穂南選手に注目して、みんなで応援していきましょう。